10億ドルの損害

上司も部長も詳しかった。そして、冷静だった。

上司、「本来、払うべきだった外貨受取銀行に電話して、今から10億ドル受け取ることが可能か確認して。でも、多分無理だと思う。そして、10分後には、始められるようにフロントとバックオフィス、融資部、企画部との電話会議を設定して。部長と俺も出るから」

私は、上司の言う通り動いた。外貨受取銀行からは、この時間では10億ドルを、これから払われても困るので、週明けの月曜日にしてください、というものだった。

会議が始まった。上司が全部取り仕切ってくれた。

7~8分の会議で全て対応方針は決まった。うちの銀行は、週明け月曜日に払うというもので、3日間分の遅延利息(円相当額約1千万円)は、当行が払うがそれ以外の損害金については対応しないというものだった(本件、取引には付随しての債券取引等も含まれているため、全体では再構築コストなども含めれば損害は数千万円には達してしまう)。

先方担当者には、概要と訪問する件を電話で伝えたが、先方も戸惑った感が声だけでわかった。すぐにフロントの部長、上司、私で先方に事情説明に伺った。

訪問し、先方には上司が説明を行った。先方からは、週明けにではなく、どうにかする方法がないか、なぜ何もできないのかという事が矢継ぎ早に飛んだ。上司は、謝罪の言葉から始め、次に事態が起きた理由、外貨決済システムの仕組み、銀行の外貨資金繰りの方法等を含めて丁寧に説明を行ってくれた。私が知らない事ばかりだった。

先方も、最後は

「わかりました。ただ、USDの遅延損害金と一定期間の取引停止でお願いしたいと思います」というものだった。

上司の凄さに圧倒された。

会社に戻ってから上司は、

「遅延損害金は、バックオフィス負担にさせるから、後は任せろ。ただ、通常と違う時は、最大限、気を配るのも必要だな。まぁー、今日の件は、良い勉強になったとでも思いな」というものだった。 ほんの数時間の出来事ではあったが、今でもその日、数時間で経験した、逆上感、あせり、焦燥感、ふがいなさ、尊敬の気持ち。脳の隙間にも刻み込まれている一日だった。